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2011年4月 4日 (月)

責任というもの

東電社員の自社をかばうブログが話題となっている。

地震が起きたのは東電のせいじゃない。津波が起きたのも東電のせいではない。
しかし、放射能物質を流出させたのもの計画停電となる事態を引き起こしたのも、それは東電の責任である。

社会というものは責任を規範としてなりたっている。

特にライフラインがその役目を果たせなくなったときには100%責任が生じるのは当たり前のことだ。
そして、責任がある以上は例えどれほど言いたいことがあっても言ってはならない。
それは責任を放棄しているのと同義だ。

例えば自動車のエンジン制御に使っているコンピュータチップをチップベンダーが自動車メーカーに提供したとする。
そのコンピュータチップが落雷で異常動作を起こして自動車が事故を起こしたら、社会に対して責任を取るのはチップベンダーではなく自動車メーカーだ。決して雷のせいでもチップベンダーのせいでもない。
先日のみずほ銀行のトラブルにしても、実際に作業でミスを行ったのはみずほ銀行の行員ではない…かもしれない。しかし、社会に対して責任を負ったのはみずほ銀行だ。
責任社会はそうして成り立っている。

言いたいことがあっても、自分の胸の内、せいぜい社内で言う分には構わない。
しかし、それを声高々に口にしてはいけない。

現場の最前線は大変だろう。
しかし、がんばっているからというのは言い訳に過ぎない。
仕事は、特にそれが人の命や日本全体の経済に影響を及ぼす以上は結果が全てであることを認識しなければならない。

地震が起きた、津波も起きた、しかし原発は無事だったというのであれば、社会は東電に敬意を表したに違いない。

しかし結果的に、それは失敗した。
何が失敗したのかはまだ分からない。もしかしたら1時間早くアクションを起こしていたら今ほど重大インシデントにならなかったかもしれない。もしかしたら何をやっても結局は失敗したかもしれない。

いずれにせよ、現段階で東京電力は失敗したのだ。ライフラインの安定供給という本来の役目を果たせない上に、周辺住民の避難や世界中を不安にさせているのだから、100%の責任は東京電力にある。

トップの姿勢で会社が評価されるのも社会の基本だ。
その意味で言えば、東京電力は責任から逃げたのだ。

だから、今の東京電力の社員に言い訳を言う資格は一切ない。

まずは現状を少しでも良い方向へ導くこと、そして計画停電に先立ってしっかりとした説明責任を果たし、社会に対する責任の取り方を明確にして、それを社会に受け入れてもらうこと。
何かを言うのであれば、それからだ。


 

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